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鉄道風景の回想

四、廃線の駅(大口、知覧、北多夫施)

四、廃線の駅(大口、知覧、北多夫施)

O駅、私が着任した時はすでに無かった。しかし、随所に踏切や線路の跡と思われる箇所が残っていた。旧布計小学校跡へ向かう時、旧山野線のトンネルがあり、原形のままを見た。中に入ると、大きなドームを思わせる不思議な空間で、活用されていない廃墟の状態をもったいないと思った記憶がある。

C駅は南薩鉄道知覧線の廃線に伴い、路線バスの発着場となって久しい。
しかし、知覧町の南部海岸線にJR 指宿枕崎線の駅があることを知る人は少ない。
町づくりは人づくりの気風があり、廃線のマイナスをプラスに転じてきた町である。平和と命を尊ぶ町の学校で起こった「いじめ」の不幸は、やはり悲しい。

最後に、私の心身を育んでくれたふるさとの駅、北多夫施( 金峰町) を上げて本稿の結びにしたい。
終戦の翌年、北朝鮮で父や弟を失った傷心の家族がたどり着いた駅。
私の心に刻み込まれた永遠不滅の駅である。久々顔を合わせた肉親や親族そしてふるさとの人は母を見て思わず涙した。わたしにとっては、母なる大地の駅であり、わたしの心象風景の駅である。

日本のサケが、三百km以上の沖合からふるさとの川へ帰ってくるのと同じように、南薩鉄道に乗り「母川回帰」さながらの足跡を多くの人が残した駅である。
急速に進む社会変化の中で、多くのローカル駅が廃線の駅と化した。
価値観が多様化した現在の生活様式は隔世の感が強い。教育の流れも、21 世紀に向けた大きな変革が求められ、昨今の教育課題は、廃線の宿命と再生の構図を見るようである。
しかし北多夫施駅は、私と地域に住む人々の心に刻み込まれた永遠不滅の駅である。

平成10 年度「師の道」連合校長協会発行より