十数年前、わたしは唐湊の学生寮にいたことがある。当時の唐湊は電停付近も田んぼで、かえるの鳴き声きこえるのどかな風景だった。いつのまにか、ここに九州一の規模を誇る国鉄操車場ができている。
遠距離を走ってきた列車が次々集まり、旅のあかおとしをして小休止する。このようすに見入っているわたしの気持ちは何かしらほっとしてやすまるようだ。操車場に並んだ列車は、いずれもいきもののようで、あわただしい日々のいとなみ、速いテンポで移り変わる世相のことなど、せつせつと語りかけてくれる。ここでは黒ずんだ色彩や煤煙、そして蒸気機関車なども見られない。
のどかな田園風景が操車場になり、車両も軽快な流線型になった。列車を象徴する色彩はあざやかになり、高架線の設置はさらに構内の空間を変えた。すべてが整然としてスマートでモダンに見え、ここでも物と時代の変遷を見せつけられる。わたしは、この日も操車場の散歩に誘われた。