車窓よし、車両よし、沿線よし。吉松、人吉に向けて、鹿児島中央駅発の「隼人の風」号に乗車した。黒光する個性的レトロな車両の進行右側席は、 錦江湾と国道10号線の車の動きが見えて楽しい車窓である。隼人駅より、霧島山麓の肥薩線に入る。百年以上の歴史を刻む古駅舎の嘉例川、大隅横川駅や霧島温泉駅に臨時停車して、列車は吉松駅に着いた。各駅とも乗降客は少ないが、駅舎と特急列車をカメラに収める観光客や見学者等で賑わっている。
吉松駅は吉都線(吉松~都城)の合流駅で乗り換え客の動きを感じた。
人吉に行き「いさぶろう・しんぺい号」がホームに到着した。昔は蒸気機関車、現在はディーゼル車両になっている。明治42年(1909年)開通 の貢献者、後藤新平・山縣伊三郎大臣の名前を残すため付けられた車名であることや、歴史や観光の要所は、車内アナウンスの説明があった。また、見所では徐行・停車のサービスがあり、全くのスローペース。スイッチバックやループ線で豪快な勾配に挑む特色や原理がよく理解できる珍しい路線であ る。スイッチバックの真幸(まさき)駅は宮崎県。霧島山系を眺望する「日本三大車窓風景」を見て、熊本県矢岳(やたけ)駅で停車。構内で蒸気機関 車の展示を見た。人吉駅に近い大畑(おばこ)駅周辺は、山岳鉄道特有のスイッチバックとループ線の構築装置があり、鉄道遺産と言っても過言でない 見所である。
人吉は肥薩線の中継基地であり、熊本県の中核的要所である。ワインレッドの急行「くまがわ」が熊本駅を経て、阿蘇山麓を抜け、大分へ通じている。
観光列車「SL人吉」が復活。この路線の人気を耳にして、乗車してみた。毎週末(金・土・日)祝日等、期間限定のSL列車が熊本~人吉間を往復 する。自由席なしの座席指定券(800円)だが、木を生かしたレトロ調のインテリアで、モダンな要素も備えた斬新な列車は、評判通り快適だった。 驚いたことは、蒸気機関車と三輪の黒光りする列車を見学する人々が、沿線の随所に陣取っていたことであろう。
球磨川の渓谷を縫うように走る列車に手を振り、カメラを向ける心理はどんな心情に由来するのか、乗客の立場から考えさせられた。SLが主流だっ た古き時代の郷愁が、黒い煙や機関車のかたまり、警笛、白い蒸気の迫力に凝縮されていた。
スローな観光を楽しんだ肥薩線の旅は、新八代駅で終わり、新幹線で鹿児島中央駅へ向かうことになった。所要時間はなんと39分。西の海に沈む美しい夕日の景観を期待したが、トンネルが多く、夜行列車と錯覚している間に夕刻の鹿児島市に着いた。